本コラムは『ゼロトラスト時代の企業セキュリティ対策 実践ガイド』の第9回です。
ゼロトラストセキュリティモデルは、従来の境界型セキュリティの限界を克服し、高度化するサイバー攻撃に対応するための有効なアプローチです。しかし、その導入と運用には多くの課題が伴います。
本記事では、ゼロトラスト導入後に直面する可能性のある運用上の課題を明らかにし、EDR、PAM、MDRといった具体的なソリューションをどのように活用してこれらの課題を解決し、より強固なセキュリティ体制を構築できるかについて解説します。DX推進やコンプライアンス強化に不可欠なゼロトラストの実現に向けた実践的な道筋を探ります。
目次
- ゼロトラストとは?基本概念と従来のセキュリティとの違い
- ゼロトラスト導入で直面する運用課題
- EDRとPAMによる課題解決
- MDRサービスによる監視・運用のアウトソース
- まとめ:ゼロトラスト実現に向けた戦略的アプローチ
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ゼロトラストとは?基本概念と従来のセキュリティとの違い
ゼロトラストの基本原則「Verify, Never Trust」
ゼロトラストの概念は、「Verify, NeverTrust」、すなわち「決して信頼せず、常に検証せよ」という原則に基づいています。
このモデルでは、ネットワークの内外を問わず、すべてのアクセス要求に対して厳格な認証と認可が行われます。
これにより、たとえ攻撃者がネットワーク内部に侵入できたとしても、さらなるリソースへのアクセスを制限し、被害の拡大を防ぐことが可能です。
最小権限の原則が徹底されるため、ユーザーやデバイスは業務に必要な最低限のアクセス権しか付与されません。
このアプローチは、内部不正や外部からのサイバー攻撃による被害を最小限に抑える上で、極めて有効な手段となります。
従来の境界型セキュリティモデルが、一度境界を突破されると内部が無防備になりがちだったのに対し、ゼロトラストは継続的な検証を通じて、より堅牢なセキュリティ体制を構築します。
この思想は、現代の複雑化する脅威ランドスケープにおいて、不可欠なものとなっています。
ゼロトラストの構成要素と登場背景
ゼロトラストアーキテクチャは、単一の技術ではなく、複数の要素が連携して機能します。
主要な構成要素として、まずID管理が挙げられます。これは、ユーザーやデバイスの身元を確実に確認し、認証を行うための基盤となります。
次に、デバイス管理です。ここでは、アクセス元のデバイスがセキュリティポリシーに準拠しているか、マルウェアに感染していないかなどを継続的に監視・評価します。
ネットワークセキュリティは、マイクロセグメンテーションなどを活用し、ネットワーク内部の通信を細かく分割・制御することで、脅威の横展開を防ぎます。
アプリケーションセキュリティでは、アプリケーションへのアクセス制御を強化し、脆弱性の管理を徹底します。
そして、データセキュリティは、データの暗号化やアクセス権限の管理を通じて、機密情報を保護します。
これらの要素が統合されることで、ゼロトラストモデルは実現されます。
ゼロトラストの登場背景には、クラウドコンピューティングの普及、リモートワークやテレワークといった多様な働き方の定着、そして巧妙化・高度化するサイバー攻撃の増加があります。
これらの変化により、従来の「社内ネットワークは安全、社外は危険」という前提に立つ境界型セキュリティモデルでは、もはや十分な保護を提供できなくなっていました。
特に、社内外の区別が曖昧になり、エンドポイントが分散する現代のIT環境においては、あらゆるアクセスを信頼しないというゼロトラストの考え方が、必然的に求められるようになったのです。
従来の境界型セキュリティモデルの限界
従来の境界型セキュリティモデルは、ファイアウォールなどの技術を用いて、企業ネットワークの境界を明確にし、その内側を「信頼できる領域」、外側を「信頼できない領域」と区別していました。
このモデルは、社内ネットワークが厳格に管理されていた時代においては一定の効果を発揮しましたが、現代のIT環境においてはその限界が顕著になっています。
最大の課題は、一度境界が突破された際の脆弱性です。
攻撃者がファイアウォールをすり抜けるか、あるいは内部の人間によって不正アクセスが発生した場合、ネットワーク内部では比較的自由に行動できてしまうため、被害が急速に拡大するリスクがありました。
また、近年の働き方の変化も、境界型モデルの有効性を低下させています。
リモートワークやクラウドサービスの利用が一般化し、従業員は社外の様々な場所から、社内ネットワークに接続しない形で業務を行うようになりました。
これにより、従来の「境界」そのものが曖昧になり、どこが保護すべきネットワークなのか、どこからのアクセスが信頼できるのか、といった判断が困難になっています。
さらに、IoTデバイスの普及など、管理対象となるエンドポイントの数と多様性が爆発的に増加したことも、境界を固定し、管理するという従来の考え方を困難にしています。
これらの要因が複合的に作用し、境界型セキュリティモデルだけでは、現代のサイバー攻撃の脅威に十分に対応できなくなっているのが現状です。
ゼロトラスト導入で直面する運用課題
課題1:複雑なシステムと運用負荷の増大
ゼロトラストアーキテクチャの実現には、ID管理、デバイス管理、ネットワーク制御、アプリケーションアクセス管理、データ保護など、多岐にわたるセキュリティ技術を連携させる必要があります。
これらの技術要素を個別に導入し、さらにそれらを統合して一貫したポリシーに基づき運用することは、システム全体の設計、構築、そして維持管理において、非常に複雑なプロセスを伴います。
例えば、各コンポーネント間の連携設定、ポリシーの一元管理、そしてそれらの設定変更などが、専門知識を要する作業となります。
この複雑さから、導入後の運用フェーズにおいても、継続的な設定の見直しや、新たな脅威への対応のためのアップデート作業などが、運用担当者に大きな負担を強いることになります。
日々のパッチ適用、ログ監視、ポリシー調整など、多岐にわたる運用タスクは、人的リソースを圧迫し、本来注力すべき業務への影響も懸念されます。
結果として、ゼロトラスト導入の目的であるはずのセキュリティ強化が、運用負荷の増大という新たな課題を生み出してしまう可能性があります。
これを回避するためには、導入段階から運用を見据えた設計思想と、運用を支援するツールの活用が不可欠となります。
課題2:セキュリティ人材の不足と専門スキルの要求
ゼロトラスト環境の運用には、高度なセキュリティ知識と、それに裏打ちされた専門スキルが不可欠です。
具体的には、ネットワークアーキテクチャ、クラウドセキュリティ、ID管理、SIEM(Security Information and Event Management)やSOAR(Security Orchestration, Automation and Response)などのセキュリティ運用プラットフォーム、そして各種セキュリティソリューション(EDR,PAMなど)に関する深い理解が求められます。
しかし、残念ながら、多くの企業でサイバーセキュリティ人材の慢性的な不足が深刻な問題となっています。
特に、ゼロトラストのような先進的なセキュリティモデルを効果的に運用できる、高度な専門スキルを持った人材は希少であり、その獲得や育成は容易ではありません。
外部の専門家やサービスに頼ることも選択肢ですが、それにはコストがかかります。
社内で専門人材を育成しようとしても、教育に時間とコストがかかり、即戦力となるまでには相当な期間が必要です。
この人材不足と高度なスキル要求という課題は、ゼロトラスト導入の成否に直結する重要な要素であり、多くの企業が頭を悩ませています。
この課題への対策としては、運用負荷を軽減するツールの導入や、外部の専門的なサービス(MDRなど)の活用が現実的な解決策として挙げられます。
課題3:既存システムとの互換性と移行コスト
ゼロトラストの考え方を導入するにあたり、既存のITインフラやアプリケーションが、その要件に適合しないという問題に直面することが少なくありません。
例えば、レガシーシステムの中には、現代的な認証方式(多要素認証など)に対応していなかったり、API連携が困難であったりするものがあります。
また、ネットワーク構成がモノリシック(一枚岩)で、マイクロセグメンテーションを適用するのが難しい場合もあります。
これらの既存システムをゼロトラスト環境に適合させるためには、システムの一部改修、あるいは完全に新しいシステムへの置き換えが必要となることがあります。
システムの改修には、開発工数、テスト工数、そして稼働後の影響評価など、多大な時間と人的リソースが必要となります。
システムを置き換えるとなれば、さらに大規模な投資が必要となり、ビジネスへの影響も無視できません。
移行期間中も、セキュリティレベルを維持しながら、二重管理といった非効率な運用を強いられる可能性もあります。
これらの移行に伴うコスト(時間、費用、人的リソース)は、ゼロトラスト導入の障壁となり得ます。
そのため、導入計画においては、既存システムとの互換性を事前に十分に調査し、現実的な移行パスと、それに伴うコストを慎重に見積もることが極めて重要です。
課題4:誤検知とアラート疲れ
EDR(Endpoint Detection and Response)などの高度なセキュリティソリューションは、マルウェアの検知や、正規のツールが悪用された攻撃(Living off the Land攻撃)など、巧妙化する脅威を検知するために不可欠なツールです。
これらのツールは、機械学習や振る舞い検知といった先進的な技術を活用し、未知の脅威やゼロデイ攻撃に対しても有効な防御策を提供します。
しかし、その高度な検知能力ゆえに、正規の業務プロセスや、リスクは低いものの通常とは異なる振る舞いを、悪意のある活動と誤って判定してしまう「誤検知」が発生しやすくなるという側面も持ち合わせています。
特に、セキュリティポリシーが不明確な場合や、環境の変化に即座に対応できていない場合に、誤検知の頻度は高まります。
大量の誤検知が発生すると、セキュリティ運用担当者は、何が本当に脅威で、何が誤検知なのかを判断するために、膨大な数のアラートを一つ一つ確認しなければならなくなります。
これにより、担当者は本来対応すべき重要なインシデントを見落としてしまうリスクが高まるだけでなく、精神的な疲弊を招き、「アラート疲れ」と呼ばれる状態に陥りやすくなります。
アラート疲れは、セキュリティ運用体制の機能不全につながるため、誤検知の削減と、アラートの優先順位付け、自動化などの対策が不可欠です。
EDRとPAMによる課題解決
EDR(Endpoint Detection and Response)の活用
EDRは、エンドポイント(PC、サーバー、モバイルデバイスなど)における活動を継続的に監視し、不審な挙動やセキュリティイベントを検知・記録するソリューションです。
これにより、従来のアンチウイルスソフトウェアでは検知が難しかった、未知のマルウェア、ランサムウェア、標的型攻撃、さらには内部犯行による不正操作といった脅威を早期に発見することが可能になります。
インシデント発生時には、EDRが収集した詳細なログデータに基づいて、攻撃の起点、影響範囲、活動の軌跡などを迅速に特定できます。
この「検知」と「対応」の能力は、ゼロトラストにおける「常に検証」という原則を、エンドポイントレベルで具体的に実現する上で極めて重要です。
EDRは、デバイスのセキュリティ状態を常に把握し、異常があれば即座に検知・通知することで、信頼性を継続的に評価するというゼロトラストの思想を補強します。
これにより、セキュリティ人材不足に悩む企業でも、効果的なエンドポイントセキュリティ対策を講じることが可能となります。
PAM(Privileged Access Management)による特権アクセス管理
PAMは、システム管理者権限のような特権アカウントのアクセスを厳格に管理・監視するソリューションです。
特権アカウントは、システム全体にアクセスできる強力な権限を持つため、サイバー攻撃者や内部不正者にとって、最も魅力的な標的となります。
PAMを導入することで、特権アカウントのパスワードを自動的にローテーションさせ、定期的な変更を強いることができます。
また、誰が、いつ、どのシステムに、どのような操作を行ったのかを詳細に記録・監査することで、不正利用や操作ミスを防止し、万が一インシデントが発生した場合の原因究明を容易にします。
さらに、セッション管理機能により、特権アカウントの利用を一時的に制限したり、不要なアクセスを遮断したりすることも可能です。
EDRとPAMは、ゼロトラスト環境において強力な相乗効果を発揮します。
例えば、EDRが特権アカウントの不正利用を示す不審なアクティビティを検知した場合、PAMはそのアカウントのセッションを即座に強制終了させることができます。
これにより、攻撃の封じ込めを迅速に行い、被害の拡大を防ぐことが可能になります。
MDRサービスによる監視・運用のアウトソース
MDR(Managed Detection and Response)サービスは、企業が導入したEDRなどのセキュリティツールからのアラートやログデータを、専門のセキュリティアナリストが監視・分析し、インシデントの検知、調査、そして初動対応までを代行するサービスです。
このサービスを活用することで、企業は自社で高度なセキュリティ監視体制を構築・維持するために必要な、専門知識を持った人材の確保や、運用体制の構築にかかる負担を大幅に軽減できます。
特に、セキュリティ人材の不足が深刻化している企業や、限られたリソースで高度なセキュリティレベルを維持したい企業にとって、MDRは非常に有効な選択肢となります。
MDRサービスは、単にアラートを監視するだけでなく、脅威インテリジェンスや高度な分析技術を駆使して、検知能力を高め、誤検知を減らし、真にリスクの高いインシデントを特定します。
また、インシデント発生時には、迅速な対応策の提案や、必要に応じて封じ込め措置の実行支援などを行うことで、被害を最小限に抑えるための支援を提供します。
MDRサービスは、複雑化・高度化するサイバー攻撃の脅威から、専門的な知見と最新技術を駆使して、企業を継続的に保護する役割を担います。
MDRサービスとゼロトラストの親和性
MDRサービスは、ゼロトラストアーキテクチャの実現と運用において、非常に高い親和性を持っています。
ゼロトラストの根幹をなす「常に検証」という原則は、継続的な監視と迅速な対応なしには成り立ちません。
MDRサービスは、まさにこの継続的な監視と、異常を検知した際の迅速な対応を、専門チームが代行することで実現します。
MDRプロバイダーは、EDRやその他のセキュリティツールからの膨大なデータをリアルタイムで分析し、疑わしいアクティビティを即座に検知します。
これにより、ゼロトラストモデルが想定する「すべてのアクセスを検証する」というプロセスを、実際の運用レベルで効果的に実行することが可能になります。
また、ゼロトラスト環境は、一般的に多くのポリシー設定やアクセス制御が必要となり、その管理は複雑になりがちです。
MDRサービスは、こうした複雑な環境下でのセキュリティオペレーションを肩代わりすることで、運用負荷を軽減し、専門家が常に最新の脅威動向に対応できるようにします。
MDRは、ゼロトラストを単なる理想論や「机上の空論」で終わらせず、現実の運用において効果を発揮させるための、強力な実行支援ツールと言えるでしょう。
継続的な監視、迅速なインシデント対応、そして専門家による知見の活用は、ゼロトラストのセキュリティ効果を最大化するために不可欠な要素です。
まとめ:ゼロトラスト実現に向けた戦略的アプローチ
ゼロトラストの導入は、単に特定のセキュリティ製品を導入すれば完了するものではありません。
それは、企業全体のセキュリティ戦略を見直し、組織文化や運用プロセスも含めて変革していく、継続的な取り組みです。
EDRは、エンドポイントにおける可視性を高め、脅威を早期に検知・封じ込めるための基盤を提供します。
PAMは、最も危険な特権アクセスを厳格に管理し、内部不正や権限昇格攻撃のリスクを低減させます。
そして、MDRサービスは、これらのツールと連携し、24時間365日の高度な監視、脅威検知、インシデント対応といった運用面を包括的に支援します。
これら3つのソリューションは、それぞれが独立しているのではなく、互いに補完し合うことで、ゼロトラストセキュリティモデルを効果的に構築・運用するための強力な柱となります。
EDRが検知した不審なエンドポイントアクティビティが、PAMによって管理されている特権アカウントに紐づいている場合、MDRはその関連性を迅速に特定し、適切な対応を指示できます。
このように、各ソリューションの連携を深めることで、セキュリティ運用体制の効率と有効性を飛躍的に向上させることが可能です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や、リモートワークの定着など、変化し続けるビジネス環境において、ゼロトラストは不可欠なセキュリティ基盤です。
EDR、PAM、MDRといった先進的なソリューションを戦略的に活用し、複雑化する運用課題を克服することで、企業はサイバー脅威から組織を守り、持続的なビジネス成長を実現できる強固なセキュリティ体制を構築できるでしょう。
ゼロトラストは重要な考え方ですが、実際の導入には「何から始めるべきか分からない」「自社環境でどう実現するか難しい」といった課題も多くあります。
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